「勤め先で受けてるイジメや人間関係のゴタゴタを絵にしたら少しは気晴らしになるかと」思いついて、「すいません、すいません」が口ぐせの彼女は、きょうも勤めから帰ると自室の机に向かって鉛筆を削り、画用紙に向かう。描き込まれた鉛筆の線のあいだから滲み出る、なんともいえない対象への愛情や慈しみの感覚。丹念な部分と適当に描いた部分のすさまじい落差。楽天的で、ときに脳天気とすら言いたくなる画風の底に淀む微かな不穏の兆し——地元の公会堂で週末に演奏するたび暴動が起きたという伝説を持つ、あのシャグズの「フィロソフィー・オブ・ザ・ワールド」が画用紙に仕込まれたスピーカーで鳴っているような。
鉛筆画一本 僕のこころに
青い空を かくときも
真っ赤な夕焼 かくときも
黒い頭のとんがった 鉛筆が一本だけ
1969年に坂本九はそう歌った(作詞・浜口庫之助)。新開のり子の初画集「フィロソファー・オブ・ザ・ワールド」。これは鉛筆という松明を頼りにこころの奥の暗い場所に潜っていく、彼女のダーク・ツーリズムの記録である。
都築響一
(版元サイトより引用)
新開のり子鉛筆画集『フィロソファー・オブ・ザ・ワールド』ROADSIDERS(2023)
A6判
並製、224頁